中国ビジネスにおける最大のリスクは、市場の変動ではなく「法制度そのもの」にあると言われています。特に、国家の安全を名目に、個人の権利や企業の守秘義務よりも「国家への協力」を優先させる法的枠組みは、西側の法的価値観とは根本的に異なります。
ここでは、その根拠となる具体的な条文を紐解き、何が「やばい」のかを解説します。
1. 「全国民スパイ化」の法的根拠:国家情報法 第7条
「中国企業や国民は、国から命令されればスパイ行為を強制される」という懸念の最大の根拠となっているのが、2017年に施行された「中華人民共和国国家情報法」です。
条文の検証
同法第7条には、以下のように明記されています。
原文: “任何组织和公民都应当依法支持、协助和配合国家情报工作,保守所知悉的国家情报工作秘密。”
和訳: 「いかなる組織及び国民も、法律に従い国家情報活動を支持し、これに協力し、及び連携しなければならない。また、知悉した国家情報活動の秘密を守らなければならない。」
何が「やばい」のか
- 協力の義務化: 「いかなる組織(日本企業の中国法人も含む)及び国民」に対し、情報活動への協力を法的義務として課しています。
- 拒否権の欠如: 国家安全省などの情報機関から「このデータを出せ」「この技術情報を渡せ」と要求された場合、法的には拒否する根拠がありません。
- 域外適用: 同法第10条等は、この権限が中国国内だけでなく国外の活動にも及ぶことを示唆しており、中国企業が海外で収集したデータを中国政府に渡すリスク(バックドア問題)として認識されています。
2. 定義なき摘発:改正反スパイ法
2023年7月に施行された改正「反スパイ法」は、何がスパイ行為にあたるかの定義をあいまいに拡大し、恣意的な拘束リスクを高めました。
条文の検証
スパイ行為の定義について、第4条で以下のように拡張されています。
原文(一部抜粋): “…窃取、刺探、收买、非法提供国家秘密、情报以及其他关系国家安全和利益的文件、数据、资料、物品…”
和訳: 「……国家機密、情報、およびその他国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品を窃取し、探知し、買収し、不法に提供する行為……」
何が「やばい」のか
- 「その他」の無限拡大: 以前は「国家機密」が対象でしたが、改正により「国家の安全と利益に関わるデータや資料」まで対象が広がりました。「国家の利益」の定義は当局の裁量次第です。
- 通常のビジネス活動が標的に: コンサルティング会社による市場調査、統計データの収集、あるいは人脈マップの作成といった通常のビジネス活動さえも、「国家の安全に関わるデータの収集」とみなされ、摘発されるリスクが生じています。
3. 手続きの不透明さと人権リスク
これらの法律が運用される際、司法の独立性が担保されていない点が、重大な人権リスクとなります。
- 居住監視(指定場所での監視居住): 刑事訴訟法に基づき、逮捕前の段階で、家族や弁護士との連絡を遮断したまま、最長6ヶ月間、秘密の施設に拘束することが可能です。これは事実上の「行方不明」状態を作り出します。
- 国家安全優先: 中国の「国家安全法(2015年)」第11条等は、国家の安全維持がすべての国民の責務であると定めており、個人のプライバシーや自由権よりも国家安全が優先される法体系となっています。
結論:法の支配ではなく「法による支配」
中国におけるこれらの法制度は、権力を制限するための法(Rule of Law)ではなく、党や国家が国民を統制するための道具としての法(Rule by Law)の性質を強く持っています。
「スパイ行為の強制」や「人権無視」という批判は、単なる感情論ではなく、「国家情報法第7条による協力義務」と「反スパイ法による定義の恣意性」という確固たる法的根拠に基づいた、現実的なビジネスリスクなのです。


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